垣花城跡

県史跡 垣花城跡 (カキノハナジョウセキ)です。

道路脇にいきなり拝所らしき場所があり、線香やうちかびが燃やされた後も残っていました。
 
これからお城探しの旅に出かけてみましょう!!
入口から上を見上げると、うっそうとした樹木に囲まれています。

山の上に到着しましたが、これがお城?と思うような場所となっています。
少しだけ残っている石垣を見ると、やはり昔のお城だと感じさせられました。

一番奥の場所には、ウガンジュ(拝所)がありました。

これから先は行き止まりとなっています。

入口近くにある説明の看板です。

文字が読みにくい方は、こちらをどうぞ!
この城跡は、一の郭と二の郭からなり、垂直に近い野面積みの城壁を有している。
城内の最も高い所に立つと、太平洋を眼下に、南の低地に百名、仲村渠の各集落、
北に垣花を眺望することが出来る。城の歴史については、記録や伝承がなく不明である。
二つの郭には、それぞれ小面積の平場が確認され、現在では、アワダン、クロヨナ、ツゲモドキ等の
熱帯樹が繁茂している。
一の郭の奥には御嶽があり、「琉球国由来記」によると神名は「アフィハナテツルカナサノ御イベ」と
記されている。
この城跡の周辺には、東には志喜屋グスク、南にミントングスク、西に玉城城跡が点在する。
◎なおこの地域において許可なく現状を変更することは、県条例で禁じられています。
昭和60年3月25日
玉城村教育委員会
沖縄県教育委員会
県指定 史跡
指定年月日 昭和36年6月15日
所在地 字垣花和名盤1番地、2番地の1
面積 8,668㎡

垣花城跡 (垣花グスクとも呼ばれています)の簡単な説明
垣花集落の南側台地に築かれた本丸と二の丸からできたグスクです。
築城年代は不明ですが、石垣の積み方などから三山分立以前のグスク(城)と推定される。
石垣の積み方は、ほとんどが古い形式の野面積みで、二つの物見台は切石積みになっている。
伝説では、ミントン按司の二男が築いたグスク(城)ともいわれる。

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